アマゾンで注文した商品が自宅に届くのは当たり前だと思っていませんか?
私はそう思っていました。
様々な商品をアマゾンで注文し、届いた荷物を当然のような顔で受け取っていました。
実を言うと『デス・ストランディング2』もアマゾンで注文しました。
とても綺麗な状態で到着予定日にきっちり届きました。
そしてそれを当たり前のような顔をして郵便受けから取り出しました。
「貴様いったい何様のつもりだ?」
自分自身に、そう言ってやりたい。
もちろん配達員の方には感謝しています。
配達員の方が迅速かつ丁寧に荷物を運んでくれるからこそ注文した商品が無事自宅まで届くわけです。
頭では分かっていても、私は配達員の苦労を忘れてしまいがちです。
対面で荷物を受け取る際は必ず感謝の言葉と共に頭を下げますが最近は置き配が主流になってしまった為、配達員の方と接する機会が激減し、益々配達員の方への感謝の気持ちを忘れてしまいがちです。
ともすれば、お金を払っているのだから注文した商品が自宅に届くのは当たり前だと考えてしまいます。
なぜいきなりそんなことを言いだしたのかと言うとデス・ストランディング2(以下デススト2と略します)が荷物を配達するゲームだからです。プレイヤーは配達員となり様々な荷物をあちこちに配達します。
つまり、配達員の苦労を疑似体験できるわけです。
「配達員の方は、こんな大変な思いをして荷物を運んでくれていたのか!」と改めて気付かされることになります。このゲームをプレイすると、注文した商品が無事自宅に届くのは全然あたりまえのことではないと思い知らされます。
ゲームの舞台となるのは近未来のメキシコとオーストラリア大陸。
人々は荒廃した大地のあちこちにシェルターを築き、ひっそりと暮らしています。
どのシェルターの住人も地上に出ることはほとんどなく、引きこもりのような生活を送っています。
なぜ引きこもっているのかというと外が危険に満ちた世界だからです。
道路は寸断され、有害な雨が頻繁に降り、武装した荒くれ集団が巣食う地帯や、人を襲う幽霊が出現する場所などもあり、フラフラ出歩くと大変危険。
引きこもり生活こそ正解。
それがこの世界での賢い生き方なのです。
引きこもっている人たちに物資を運ぶ人間が当然必要なわけで、プレイヤーは配達員として広大な大地を駆け巡り一人黙々と荷物を配達していきます。
序盤は徒歩で荷物を運ぶことになりますが舗装された所がほとんど無い荒れ果てた大地なので地面の凹凸につまずくこともよくあります。

大量の荷物を背負っているのでバランスを崩しやすく、不用意に走ったり無理な動きをしたりするとすぐに転びます。派手にすっ転ぶと当然荷物がダメージを受けます。
デススト2の荷物には損傷率というものがありダメージが最大まで達すると『全損』になります。
全損!
なんと恐ろしい言葉の響きでしょうか!
もし私が本物の配達員だったとして大切な荷物を全損させてしまったとしたら……。
想像しただけで恐ろしい!
一体どうすればいいんだッ!?
目の前が真っ暗になります!
私はアマゾンで頻繁に買い物をしますが荷物が全損で届いたことなど一度もありません。
半損なら一度だけあります。
文庫本を二冊注文した際、本が入っていたクッション封筒が半分以上裂けた状態で届きました。
「え?」
破れた封筒を、じっと見つめ郵便受けの前で呆然と立ち尽くす私。
「どんな運び方をすればこうなる?」
恐る恐る封筒の中を覗くと二冊のうちの一冊が紛失していました。
とても悲しかった。
本が一冊、影も形もないのだから、これはもはや全損か?
それとも二冊のうち一冊は存在しているのだから半損?
とにかく!
荷物を半損したり全損したりするのは配達員として極力避けねばならない事態です。
荷物の到着をワクワクしながら待っている人を落胆させることになります。
白状しますが私はゲームの中で何度も荷物を全損させました。
もちろんわざと壊したわけではありません。
真剣に荷物を運んでいたにも関わらず何度も荷物を全損してしまったのです。
「はぁ?」という声が聞こえてきそうですが私は、ふざけていません。
いつだって大真面目です。
まぁ聞いてください。
それくらいデススト2の配達は過酷なのです。
前述したように舗装された道路がほとんど無いので慎重に歩かないとすぐ転ぶし、橋のない川を渡ることもあるので足をとられて流されることもあります。

行く手を阻む垂直の崖にハシゴを掛けて登ったり、降りる際はロープを括り付けた杭を高所の地面に突き刺してロープを掴みながら降りていったり、もはや配達員というより冒険家です。


有害な雨が頻繁に降り、荷物が雨に濡れると損傷率が上昇していきます。
さらに武装集団のテリトリーを通過しなければいけないこともあります。
大量の荷物を担いでいる私に向かって、きゃつらは発砲したり手榴弾を投げつけてきたり鉄パイプのような物で殴ってきたりします。



マシンガンで応戦したり、殴ったり、殴られたり、ボディプレスをお見舞いしたり、蹴ったり、そんなことをしていると普通に荷物が全損します。
この状況で、どうやって荷物を無事に配達しろって言うんだッ!?
逆ギレ。
このゲームをプレイするとクッション封筒が半分以上裂けて中身が飛び出してしまっていることなど取るに足らない問題に思えてきます。そもそも注文した商品が自宅に届くこと自体が奇跡。
ちょっと待て!
現実世界は整備された道路もあるし、基本的に車で配達するし、武装集団に襲われる心配もない。
デススト2の配達に比べたら全然楽でしょ?
そう言う人もいるかもしれません。
果たして本当にそうでしょうか?
ゲームと現実世界を比べたら圧倒的に現実世界の方がハードだということは皆さんもご存知のはず。
ゲーム内でどれほど大変な目に遭ってもプレイヤーは所詮、ディスプレイの前に座ってコントローラーを
ガチャガチャさせているだけです。しかしリアルに配達のお仕事をされている方は事故を起こさないように注意深く運転したり重量物を上げ下げしたり荷物が破損しないように慎重に運んだりしなければいけません。
予期せぬトラブルに見舞われることもあるでしょう。
荷物を受取人に手渡す際は爽やかな応対を心掛ける必要もあります。
そういった点を鑑みると間違いなくデススト2の配達より現実世界の配達の方が大変。
たとえば『モンスターハンター』という狩りゲーがあります。
プレイヤーはゲーム内で巨大なモンスターと死闘を繰り広げます。
ハンターの毎日はとても過酷。
でも家で一日中モンハンをプレイしているのと会社に行って仕事してくるのとどっちが大変?
と聞かれたら私は迷うことなく「モンハンの方が楽」と答えます。
ちなみに私のやっている仕事はモンハンのハンターに比べたら甘っちょろい内容ですが、それでも現実の仕事はゲームより数倍疲れるしストレスも溜まります。
休日に一日中ゲームをしていても全然疲れませんが、平日に仕事をして帰ってくると疲労困憊です。
つまり現実世界の配達はデススト2の何倍も過酷なのです。
「こんなに大変な思いをして荷物を運んでくれるなんて、ほとんどヒーローじゃないかっ!」
心からそう思います。
現実の配達に比べればデススト2の配達など楽ですが、ゲームを娯楽と考えた場合、なぜゲームで、こんな仕事みたいなことをしなければいけないのか?という疑問が湧いてきます。
そもそも荷物がすぐ壊れるので全然楽しくない。
「何このストレスゲー」
それが第一印象です。
しかし人間は、どんな状況にも慣れてしまう生き物。
失敗から様々なことを学び徐々に上手く立ち回れるようになっていきます。
そもそも武装集団のテリトリーを通過する際に大切な荷物を背負ったまま突入するというのは軽率すぎるのでは?
敵地に入る直前で荷物を安全な場所に下ろして身軽な状態で突入していけばよいのでは?
それくらいのことは誰でもすぐに思いつきます。
実際それを実行してみると荷物の損傷を気にせず戦闘に集中できます。
敵を一掃したら荷物を担いで先に進めばよいのです。
ゲームを進めていくうちにプレイヤーは、どんどんズル賢くなっていきます。
橋のない川を渡る際は流れの穏やかな場所を選んで進んだり、ハシゴを川に渡したりすれば安全に進めます。
状況を見極めて自分なりの判断を下し、困難を乗り越えていくのが楽しくなってくる。
乗り物が解放されると、さらに配達は楽になります。バイク、車、モノレール、ジップライン等を駆使して効率よく大量の荷物を損傷率0%で運べるようになります。




綺麗な荷物を届けると受取人も大喜びしてくれるので、こちらのテンションも上がります。
同じ場所に何度も荷物を届けていると親密度が上昇していき、一定の親密度に達すると配達に役立つ新しい技術を提供してくれます。歩行を補助するウェアラブル機器やブースト装置などのハイテク機器を身に着けると転倒を防いだり速く走れるようになったり、二段ジャンプができるようになったり、より重い物を運べるようになったりします。そうなるとますます配達が楽しくなる。
「もっと!もっと運びたいッ!」
配達ジャンキーと化すプレイヤー。
終盤になると『ミスター・インポッシブル』という双子の兄弟が超高難度の配達依頼をしてきますが、それさえ嬉々として受け入れるようになります。『ミスター・インポッシブル』の配達依頼は普通の方法では達成不可能なイカれた内容ですが、これまでに培ってきたズル賢さを総動員し、あらゆる手段を使えば達成可能です。
ミスター・インポッシブルの依頼を全て達成し、トロフィーをコンプリートした人間は間違いなく変態級の配達ジャンキーです。もちろん私もトロコンを達成しました!
プレイヤーは荷物を配達するだけでなく新しく訪れた場所にカイラル通信というものを繋げていきます。
カイラル通信とは、ざっくり言ってしまうとインターネットのようなものです。
あちこちのシェルターで孤立した生活を送っていた人々はカイラル通信によって、離れた場所で暮らす人々と再び繋がっていきます。主人公サムは荷物によって人々の心を繋げるだけでなくカイラル通信でも人々の心を繋げていきます。
さらにサムは配達の傍ら寸断された国道やモノレールの軌道も復旧していきます。
土木工事をするわけではなく、『復旧装置』に必要な材料を投入すれば瞬時に国道やモノレールの軌道を復旧させることが可能。ゲームの舞台となる近未来の世界は現実世界よりも、はるかにテクノロジーが進化しています。施工に必要な素材を復旧装置まで運ぶのが少し面倒ですが配達ジャンキーと化したプレイヤーにとって、そんなことは朝飯前。素材さえ運べば後はカップラーメンを作るような手軽さで何もない荒野に一瞬で立派な国道を建設できます。瞬時に国道やモノレールの軌道が完成するさまが見ていてとても
痛快で小気味よく、これも配達同様クセになります。
壊れた国道を見ると修復したくて、したくて、たまらない。
国道やモノレールの軌道を復旧させると、それを利用して素早く安全に移動できるので一石二鳥!
楽しさも二倍!

配達やインフラの復旧だけやっていても十分面白いゲームですが、『デススト2』の凄さはストーリーも
素晴らしいところ。感情を揺さぶる物語が丁寧に紡がれていきます。
登場人物も魅力的で映像もリアル。
ほとんどのキャラが実在する人間をモデルに作られているため実写映画を観ているような気分になってきます。





ちなみに主人公のサムは俳優のノーマン・リーダスが演じています。
表情、仕草、佇まい、アクション、すべてが素晴らしく、このゲームをプレイしてノーマン・リーダスが
大好きになりました。

意外な有名人が唐突に登場するのも楽しいです。
「え!この人が出てくるの!?なんで!?」
私にとって『デススト2』は驚きの連続でした。
ストーリー展開、映像、配達、インフラの復旧、なにもかもが斬新。
退屈な日常から、ひとときの間離れて、驚きに満ちた非日常の世界を楽しむ。
それこそ私がゲームに求めていることです。
『デススト2』は正に私が求めているゲームでした。
先の読めないストーリー展開、異常なほど作り込まれた設定、バイク、クルマ等の心躍るメカメカしい
ギミック、スタイリッシュな映像、美しい大自然、耳に心地よい音楽、クスリと笑ってしまうユーモアと遊び心、そして血湧き肉躍るバトル!
大好きなものが沢山詰まった宝箱のようなゲームです。
『デススト2』の印象を、ひとことで表現すると『映画みたいなゲーム』。
まるで、主人公を操作できる映画みたい。
ひと昔前はゲームの映像は映画には到底敵いませんでしたが、最近は映画と比べても遜色のない映像を
ゲームで作れるようになりました。
『デススト2』の生みの親とも言うべきゲームクリエーター小島秀夫氏は幼少期から映画監督を志していたようですが諸事情によりゲームの世界に入られたようです。そういう人だからこそ映画とゲームが見事に融合した作品を生み出せたのでしょう。
私は映画もゲームも両方大好きです。
どちらが上とか下ではなく、それぞれが対等に素晴らしいと思っています。
映画には映画でしか表現できない世界があり、ゲームにはゲームでしか表現できない世界があります。
その二つは、あくまで別物ですが映画的演出をゲームに取り入れることによりゲームは一層面白くなります。
もちろんバランスは重要。
映画のようなゲームを作ろうとしてムービーシーンばかり挿入するとゲーム本来の面白味である自分自身で操作するという楽しさが損なわれます。『デススト2』は、そのバランスの取り方が絶妙。
自分で操作する楽しさに主眼を置きながら映画的演出も最大限に活用しています。
その結果、ゲーム好きと映画好き、双方の心を鷲掴みする傑作が誕生しました。
ゲーム歴の長い私にとって小島氏は『コナミの人』というイメージが強いですが、現在はコナミを退社して自費で設立した『コジマプロダクション』でゲームを開発しています。
「お金が欲しいのではなく、作りたいものを創るためにスタジオを創った」
スタジオ設立の理由を小島氏はそう語っています。
大手パブリッシャーの傘下ではない為、誰にも指図されず自分の作りたいゲームを思う存分作れるわけです。
ということは『デススト2』は低予算で作られたインディーゲームなのでしょうか?
実際にゲームをプレイすると巨額の製作費を投じて作られたAAA作品にしか見えません。
一体どういうこと?
気になってネットで調べてみると、どうやら実際にゲームを作ったのはコジマプロダクションですが、
ソニーが巨額の資金提供をしている模様。発売元もソニー(SIE)です。
つまりコジマプロダクションは独立系スタジオですが『デススト2』は低予算で作られたインディーゲームではなく巨額の予算と豪華キャストを起用した、まごうことなきAAA作品なのです。
「資金はソニーが出します。小島さんは好きなものを自由に作ってください」
そういうことでしょうか?
もしそうだとしたら、ソニーは余程、小島秀夫氏を高く買っているのでしょうね。
私も『デススト2』をプレイして小島氏の凄さを実感しました。
やはりこの人は只者ではない。
ソニーの高評価も頷けます。
才能のある人が資金の心配をせずに好きな物を自由に作れる環境にあるのだとしたら、とても素晴らしいことです。
次の作品も楽しみに待っています!
前作未プレイでも楽しめるのか?
最初に結論を言うと、前作未プレイでも楽しめます。
実際、私も前作をプレイしていません。
「散々、偉そうなことを書いておいて前作をプレイしていないだと!?」
そんな声が聞こえてきそうですが、前作をプレイしていない人間が楽しくプレイできたからこそ、
「前作未プレイでも楽しめる」と断言できるのです。
ただ、最初からすんなり楽しめるわけではなく、序盤は戸惑うことが多いです。
前作の登場人物たちが親しげに話しかけてくるシーンが、しばしばあります。
前作未プレイの人にとっては初対面の相手なので、どう応対すればいいのかわかりません。
「わたしはあなたを存じ上げませんが……どちらさまですか?」
そういう雰囲気になります。
相手が熱く語りかけてくるほど、こちらは冷めていくという気まずい展開。
自分とまったくつながりのない世界に突然闖入して主人公サムの偽物として生きているような居心地の悪さを感じます。正直に言うと、やはりパート1をやらずに、いきなりパート2をやるのは無理があります。
映画のシリーズものも前作を観ていない場合、必ず前作を観てから続編を観ますよね?
私も映画の場合、絶対そうします。
2時間もあれば前作を鑑賞できます。
2本分の続編が溜まっていても4時間で視聴可能。
でもゲームの場合、そうはいきません。
ゲームクリアまでに100時間くらいかかるものがザラにあります。
トロフィーコンプリートを目指すと、さらにその倍くらいかかります。
実際、私は『デススト2』をトロコンするのに249時間かかりました。
ちなみに『アサシンクリード シャドウズ』のトロコンには190時間、モンハンワイルズのトロコンには290時間かかっています。(私は寄り道が多いのでプレイ時間が長くなる傾向があります)
そんなわけで前作未プレイのゲームに挑もうとする者は究極の三択を迫られます。
①クリアまでに100時間かかるかもしれない前作をプレイする。
②前作をプレイせず、いきなり続編をプレイする。
③そのシリーズをプレイするのを断念する。
私は今回②を選択しましたが結果には大満足です。
序盤は間違いなくチンプンカンプンですし、登場人物たちも「あんた誰?」という感じですが、
それはシリーズものに限ったことではありません。
『こじつけ』だと言われるのを覚悟で書きますが、どんなゲームも始めたばかりの頃はチンプンカンプンなのが普通。操作方法も世界観もゲームによって違います。
プレイしながら徐々にその世界に馴染んでいくものです。
これは現実世界でも同じ。
新しい学校に転校したり新しい会社に転職したりする場合、私たちは自分とまったくつながりのなかった世界に突然入り込んでいくわけです。最初は全員見知らぬ人で、分からないことだらけですが、その場所で自分なりに精一杯努力しているうちに知らない人が知っている人になり、分からなかったことが分かるようになり、やがて『そこ』が自分の居場所になります。
『デススト2』も、それと同じ。
前作を知らなくても『デススト2』で新たな人間関係を築き、共に悩んだり、助け合ったり、思い出を共有したりしているうちに、自分もこの世界にいていいんだと思えるようになります。そうなればもう大丈夫。
たとえ前作をプレイしていなくても、あなたは立派なデスストシリーズ経験者です。
この先、続編が発売されたら躊躇することなくプレイすることもできます。
『デススト2に興味があるけど前作未プレイだから……』
そういう理由でゲームの購入に踏み切れない人たちに私は声を大にして言いたい。
「大丈夫!前作未プレイでも楽しめます!」
評価
